エンジニア特集
エンジニアインタビュー
“ユーザーと自分の目線を一致させる努力はしました”
モバオク・モバゲーを作ったトップエンジニアが語る「究極の凡人」
取締役 システム統括本部
川崎 修平
川崎 修平
東京大学大学院博士課程在学中の2002年からDeNAでエンジニアとしてアルバイトをはじめ、モバオク(2004年)、そしてモバゲータウン(2006 年)という日本のモバイルインターネット環境を変えた大きなサービスを、ひとりだけで設計・開発したトップエンジニア。どういう考えで、モバオクやモバゲーという大規模で多くの利用者に愛されるサービスを生み出したのだろうか。
ソーシャルゲームが成功して良かった
―― 2009年は自分が作ったモバゲーというサービスが、ソーシャルゲームでもう一段階ブレイクしたわけですが、それはどう感じましたか?
川崎 単純に「良かった」というところが一番大きいです。モバゲーについては、この先どうしていこうかと悩んでいるところだったので。それと、もっと前の段階でソーシャルゲームをやるべきだったのに、なぜ今まで気づかなかったのか。やればあれだけ行くのは、他社がやっているのをもろに見ているのに、なぜ今までやらなかったのか。ようやくそこが、という話は守安としていました。
あとは、盛り上がっているところに自分が一切かかわっていなかったのは悔しい。ただ、それまではぼくがすべて作って後は任せたという感じでしたが、別の人たちが作った大きな柱ができたのは、すごく嬉しいです。
―― インタビューなどで「ゲーム好き」を公言されてたので、ソーシャルゲームの開発に関わっていないのは意外でした。
川崎 興味がなかったわけではないんです。もともとゲームは作りたくて、モバゲーのときもシメシメという感じだったので、本当は手を挙げたかったのですが、ちょうど自分のチームで何かサービスを考えなければいけない段階だったので、乗るに乗れなかった。―― 私は開発をしないので感覚としてわかりませんが、自分がいちから作ったサービスが、自分が関わってない機能でさらに盛り上がったのは、例えば子どもが親の手を離れて独り立ちするような感じでしょうか?
川崎 自分の子どもとしてのサービスが手元を離れたのは、もう少し前のタイミングです。ソーシャルゲームのときは、大学に受かって上京した後で、就職難で苦労しているのを見ていて、やっと就職先が見つかった。気分的にはそんな感じですね。―― サービスが手元を離れるのは、どういうタイミングでしょう?
川崎 サービスが立ち上がってすごい伸びていく中で、アイデアを絞って動くようにしていくところまではやりたいですね。自分がやらないと時間的に間に合わないことも多いですし、モバゲーだと最初の半年ぐらいは見てました。その後、決まった流れというか、計画的にやっていけば大丈夫という段階になれば、そこを綿密にやっていくのは得意ではないので、早めに引き渡してしまいたいですね。
高負荷に耐えるサービスが醍醐味
川崎 サービスを作る醍醐味は、成長してインフラが追いつかないところに、その場でどんな解決策を考えるか。それが醍醐味なので、そこを見据えて設計しておきます。そうでないと後が大変になる。規模が小さいうちは、大げさに実装するとかえって複雑になって大変だし、開発期間も短いのでシンプルにしておいて、厳しくなったら高負荷に耐える実装に入れ替える。そういう予定というか、手立てを最初からそれぞれの場所で用意しておきます。とくにインフラの改造は面白いところなので作るときに残しておきます。
モバゲーのときは、伸びても大丈夫なように隠し玉をたくさん用意していましたが、半年ほどたった時点で使い尽くしてしまいました。アイデアのストックがないのに次が来たらどうするか、次の週末を乗り越えられるかという状況が、週単位で半年ぐらいは続いたと思います。
その間に新機能の開発もして、伸びているトラフィックに見合うだけの収益が上がるシステムも作らなければいけない。例えばアバターを売るための企画や広告・販売のシステムを作りながら、メンテナンスもしながらになります。当然、1人ではなくてチームで分担はしますが。
―― 高負荷をさばくのが醍醐味というのは、モバゲーのようなサービスを作らないと実感できないでしょうね。
川崎 そういうサービスは一握りしかないですね。どちらかと言うとメンテナンス性やコスト、納期が問題になることが多くて、高トラフィックに耐えられるような設計を求められることはあまりない。ぼくが一番好きなのは、これだけ大量のトラフィックをこれだけ少ないリソースとコストでさばいている、というのが自慢したいところ、というか喜びなんです。流行るサービスを作るのは、そういうことをする意味があるようにするというか、お楽しみを「やってください」と言ってもらえるために作っているところが、半分はあります。
―― そういう感覚は以前からお持ちだったのでしょうか。
川崎 もともと個人でオークションの比較サイト(現・オークファン)を運営していましたが、切り詰めなければいけない状況を楽しんでいたのは、その時代ですね。ポケットマネーで運営している上に、データセンターを借りずに自分の部屋にサーバーを置いていたので、自分の小遣いと、かつ40アンペアのブレーカーという回線容量の中でサービスを運営しなければいけない。サーバーを増やすとすぐにブレーカーが落ちてしまうし、借家なので勝手にブレーカーの容量も変えられない。
―― それは大学院生のころですね。
川崎 そうです。そのころぼくはオークションをウォッチする側の立場で、オークションが大好きだったので、自分でもサービスをやりたいと思って、無謀にもヤフオクぐらいの規模を個人で動かせる仕組みが作れないかと考えていました。普通は企画サイドで仕様を決めて、その要求を満たす仕組みを作るのが前提です。ところが、全般をわかった上で作ることができれば、実装も割り切ることができる。この仕様やルールにすれば、これだけのリソースで、こういう仕組みができる。この仕様を切れば、安上がりで済む。ここさえ割り切れば、シンプルなサービスになる。
それを提案しても普通は飲むかどうかわかりませんが、自分の中で完結していれば回せるので、そういう意味では効率がよくなります。個人でできるようにしたくて、設計を寝ながら考えていました。
―― そのころの夢ですか。
川崎 野望ですね。エンジニアにとって企画職は原作者か編集者か
―― その野望がそのままモバオクにつながるのですね。モバオクは当時アルバイトだった川崎さんがひとりで作られたそうですが、本当に完全に任された形だったのでしょうか。
川崎 期限もとくに切られていなくて、「どれぐらいでできるか?」と聞かれたので「とりあえず2カ月ぐらいやってみて考えます」という感じでした。実際には、裏側のシステムを入れると予定よりは2週間ぐらいかかりましたが、時間を気にしなくてもいいから満足できるものを作ってほしいというのが一番ありがたいですね。締め切りがないほうが仕事は早いので。―― 好きなものを時間をかけて作るのはエンジニアの夢ですね。
川崎 それに関しては、ぼくがすごいというより、させてくれた会社がすごいと思います。むやみに誰でもやらせてくれるわけではなくて、この人なら任せてもきちんとやるという前提は必要です。ぼくはもともと自分のサイトで、自力でトラフィックを回して集客していた実績もあるし、会社に入ってからも本体のビッダーズのパフォーマンスチューニングを一通り素早く仕事をしてきた実績がありました。
今でも、任せて大丈夫そうな人には丸投げします。今回のソーシャルゲームも、比較的大きく半年以内という期限はあったと思いますが、それほど細かくスケジュールは切られてないと思います。カウンターの責任者がいるから、けっこうピリピリしてた人もいるかもしれませんが。
―― ソーシャルゲームではエンジニアが企画職の方と2人でチームを組んで開発されたんでしたよね。
川崎 企画とエンジニアの関係は、マンガでいうと原作者と作画をする人の関係と、編集者と漫画家の場合があります。ぼくはどちらかというと、原作者ではなく編集者と組みたいタイプです。編集者は世の中のトレンドをつかんでいます。世の中の傾向については、エンジニアは圧倒的に不利なので、そういうことに関しては助言が欲しい。この方向を強く出したほうがウケがいい。これはマニアックすぎてわかりにくい。そういう指摘を適切にしてくれる人がカウンターでいてくれると、すごくやりやすいです。
―― モバオクやモバゲーのようなマス向けのサービスを成功させるには、エンジニアにもビジネス的な感覚もかなり必要だと思うのですが。
川崎 ビジネスのことはよくわかりません。たまたまです。新たなビジネスを切り開いていくセンスや目も持っていないし、アンテナも張っていません。ただ、ビジネスセンスがある人の話を理解できるかどうかが、サービスの指揮をメインで執っていくエンジニアにとっては重要だと思います。ぼくの場合は、ビジネスセンスを持っている人が何かを見つけて、相談に来てくれたときに、どういうビジネスモデルで、どんな面白いものを考えたのかを理解できればいいと思っています。自分はビジネスセンスを持ってないにせよ、いいセンスを持った人と組めさえすれば、要素を汲み取って、それを満たすようなサービスを設計することができます。
―― 川崎さんとっての編集者は?
川崎 モバオクやモバゲーのときは守安です。―― 例えばモバゲーのアイデアはどういう形だったんでしょう。
川崎 ハンゲームがゲームで集客して、コミュニティがにぎわって、アバターの収益が出ているという話がありました。当時の状況として、モバイルの無料ゲームサイトの質がかなり悪かったのと、オークションでこれだけ取れているのだから、普通に考えても無料ゲームサイトのほうが規模が大きい。ゲームで集客できるのはほぼ確定で、大丈夫だという前提があります。あとは会員数が集まって、使われる中でいかにアバターで収益を上げられるサービスを作るか。そこに専念して作るのが、そのときの命題でした。どれだけアバターを大事に、買いたいと思わせる作り方をするかが肝でした。
クリエイターではなく「究極の凡人」になる
―― アバターを買いやすくするために工夫されたことはありますか。
川崎 いろいろ細かい話もありますが、まず入会後の動線としてアバターを着替えるようにさせる。入会すると、自然とほかの会員から友だちのお誘いが来て、そういう絡みが発生しているところで、みんなが着替えていて「アバターを派手にしているのが普通だ」と主観的に見えるような露出の仕方を考えて、バランスを取っていきました。そうやって「着ないと恥ずかしい」という感覚ができたところで、最低限、着替えられるだけのポイント(仮想通貨)を与えます。最初の1回で満足されて着替える必要がなくなると終わってしまうので、そのバランスをどの程度にするか。そこはメンバーで相談して決めます。
―― そういう判断は、こちらの思惑があっても、ユーザーが乗ってくれなければ意味がないわけですね。
川崎 ユーザー目線は気にします。作り手として幸せなことは、ユーザー目線と自分の目線がだいたい合うことですね。「自分的にしっくりこないのに、ユーザーが求めているから作る」というのはけっこうストレスなので、ユーザーが良いと思うものと、自分が良いと思うものを一致させる努力はしました。―― 目線を一致させるのはどういう努力なんですか?
川崎 新しいサービスをリリースするときには、「こういうサービスを出せば、ユーザーはこう反応をするだろう」という仮説を立ててます。ですが、実際にどう受け入れられたかを見ると、ズレがあるわけです。リリース後のマーケティング的な分析は好きですから、投入したサービスのひとつひとつに、どんな反応があったのか、当たったか、外れたのか、なぜなのかをデータを見ながらチューニングしています。自社サービスのマーケティングに関しては、エンジニアのほうがやりやすいので。
―― エンジニアなら生のログを見たりできるということですね。
川崎 そうやって「なぜズレたのか?」を考えて、サービスを出すたびに補正していく。すると感覚の精度が上がっていって、自然に自分が面白いと思うものが、ユーザーの反応と同じようになっていきます。―― 自分の感覚が変わってくると。
川崎 変わります。ぼくも昔は変人だったんですけど、今は会う人によく「意外と普通でつまらないですね」と言われます(苦笑)。自分でも悩ましいというか、もともと変人でいることに誇りを持っていたのに、サービスをやるようになってから平凡でつまらなくなりました。むしろ「究極の凡人になることが、究極のマスに対して受けるサービス感覚」という考え方をしています。ぼくはクリエイターではなくて、あくまでも「万人受けするものをそつなく作る職人」という立ち位置なので。
―― モバオクやモバゲーのようなサービスを1人で作られたのに、ご自身ではクリエイターだと思ってないのですか。
川崎 ないです。―― それも意外なんですが。
川崎 完全にクリエイター系ではないですね。確かにシステムに関してはクリエイター的というか、新しい遊び方ができる仕組みをフレームワークとして考えるのは好きですが。 24時間のうちサービスを良くすることを何パーセント考えるか
―― クリエイターではないというのは、途中から気づかれたのですか。それとも最初から思っていたのですか。
川崎 途中からかもしれません。最初はぼくは何でもできると思っていたんですが、よくよく考えると、そんなに新しいものを作っているわけではない。もとになったサービスがあるわけです。モバオクを作るときは、ヤフオクが大好きで、ヤフオクがベースにありました。モバゲーを作ったときは、アバターとゲームのベースがすでにあって、ソーシャルネットワークサービスもすでに存在していた。それを組み合わせて、ちょうどいい塩梅の製品を作る。新しいものを創造するというより、あるものをあるべき形で再構築して世に出すというか、無難に仕事をするというか。
無難にモノを作るのはけっこう大変なんです。世の中には、苦労して最終的にプロダクトにはなったけど中はうまく連携できていなかったね、という感じの製品も多いです。全体のポリシーが一貫して伝わる形でモノを作るのは、意外と難しい。
ぼくの場合は、何もないところからスーパーマリオを作ったりするよりも、オーソドックスに、オセロゲームでオンライン対戦をすると普通に面白いじゃん! というものを作れるだけでよかったりします。
―― 対戦オセロは、つまらなくもできるし面白くもできるけど、自分が作れば最高に面白くできると。
川崎 そういうことです。面白いと決まっているものより、つまらないお題なのに自分がやると面白くなった。それが一番痛快です。つまらなさそうなものでも、この人がやると一味違う。その違いを出すところが、エンジニアというか、ものづくりの人間としてのプライドです。―― 「一味違う」ところはどこから生まれるのでしょう。
川崎 たぶん、精神論の世界ではないでしょうか。好きでしょうがないというか、良くしたくてしょうがない。同じものを作るにしても、良くしようと考えている時間自体が、ほかの人と比べて長いんじゃないかと思います。1個のものを作るときでも、常にこの導線のここは外せるのではないか。このボタンはこっちのページに持ってきたほうがスッキリするのではないか。こういう反応をすれば気持ちがいいかもしれない。そういったことを24時間のうち何パーセント考えるか。そういう世界の話だと思っています。ぼくはそれしか頭にないので、当然ですけど、仕事としてやっている人より良くなります。
―― 1つのことに熱中するとずっと考えるのですね。それは昔からですか。
川崎 爆発力はあるタイプでした。いつもダラダラしてるけど、乗ると早いと言われました。―― 民話の「三年寝太郎」のようですね。
川崎 三年寝太郎ぐらい、やる気のないときは何もしません。新しいサービスを立ち上げるときも、頭の中にモヤモヤと全体像や要素があって、くっつきそうなイメージができるまでは寝ています。―― 寝てると言うとサボっているようですが、つまりずっと考えているということなんですね。
川崎 そうです。極力体力を使わない状態にしておきたいので、そのスタイルがたまたま寝ているという形態をとっているだけで、基本的には100%に近いくらい考えています。寝てたり、夜の街をノート持って散歩しながら考えたり。仕様で悩むときはそういうスタイルが多いです。
―― その考えはどういう感じでまとまっていくんでしょう?
川崎 モヤモヤとしていて、ある日パッとくっつくので、なぜできたのか、よくわからない感じです。―― 感覚的なタイプですか。
川崎 論理的な人間ではないですね。人としゃべると、バカだと思われるような会話が多いです。会話が成立しない。自分で考えるエンジニアはDeNAでは高く評価される
―― 最後にご自身のキャリアについておうかがいします。現在の取締役という立場についてはご自身でどう思われていますか。
川崎 取締役兼従業員で従業員が8割、実質10割みたいな感じです。DeNAでは、自分で考えて、ビジネスまで含めて責任を持ってやり切ることができて、スキルも持っているエンジニアは高く評価される、ということを示す意味合いでこの位置にいると解釈しています。―― DeNAにはそういうタイプのエンジニアが多いのでしょうか?
川崎 ほかと比べても多いと思います。ほかの会社にもアイデアベースでいろいろ面白いことをする人はたくさんいますが、ぬるい夢みたいな話じゃなくて、実現してビジネスまで成立させるとなると、DeNAでは甘さがない中で、本気で苦しみながら考えているエンジニアが多いですね。ただ、忙しいので、ちゃんとした機会を用意しないと、落ち着いてサービスを作るところまでいかない。今回のソーシャルゲームの開発は、まさにそういう機会でした。
―― それは社風でしょうか? それともシステムでしょうか。
川崎 基本は社風というか、トップの考え方が大きいです。結果としてそういうシステムになる。まだ手探り状態なので、安定して毎年やっている形にはなっていませんが、都度、そういう形で働ける機会を設けていくようになるでしょう。―― その仕組を今後も推し進めて、川崎さんに匹敵するエンジニアがたくさん出てくれば安心ですね。
川崎 基本的にぼくがやらなくても何も問題がないように、すでに今もそうなっていますけど、今回のソーシャルゲームのように、ぼくがいなくてもどんどん新しい柱が立ち、それに携わるエンジニアを育てていかなければというところです。―― そうなったとき、川崎さん自身は今後のキャリアをどう考えているのですか。
川崎 一番難しい質問ですね。うーん。あまり考えてないんですよ。ぼくは別に、モノを作って、世にモノが出せればいいので。


